まず、断らなければならないのは、これから語られる小考察は、
宮崎駿監督が実際に監督として作った長編映画に限ります。
故に、「耳をすませば」や「おもひでぽろぽろ」「平成狸合戦」「猫の恩返し」などは除外されます。

さて、宮崎駿監督の作品の特徴と言えば、自然を大切にというエコロジー的なメッセージ性が強かったり、
多くの主人公たちがいつも空を舞ったりするシーンがあったりすると思いますが、
今回は宮崎監督のヒロインの髪の長さをテーマに考えたいと思います。


宮崎監督のヒロインといえば、誰もがショート・ヘアーです。
特に少女を主人公にした作品では、それが顕著です。
ナウシカや、サツキ、キキ、サン、ポニョと、すべてのヒロインの髪型がショート・ヘアーとなっています。

しかしながら、いつだって例外はつきものです。
詳しい方ならすぐに気付くと思いますが、実はラピュタもソフィーも髪が長いのです。
彼女たちは、三つ編みをして登場するのです。

では、彼女たちは宮崎駿監督のヒロインとして相応しくないのでしょうか？

ここで思い出して欲しいのは、彼女たちは劇中で、髪の長さが変わります。
例えば、「ハウルの動く城」のソフィーは、火の悪魔・カルシファーに、
自分の髪を食べさせることによって短くなるのです。
彼女の髪を食べたカルシファーは、いつにない力を発揮して、
壊れかけていた城を持ち直し、ハウルを助けに行くことができるのです。
ここで人は宮崎駿的ヒロインの誕生を目の当たりにすることになるのです。

では、「天空の城　ラピュタ」のシータは、どのように短くなるか覚えているでしょうか？

彼女はクライマックスで、ムスカの銃弾によって、強制的に髪を短くさせられるのです。
もし、髪の短い少女が宮崎監督的ヒロインとすれば、
ムスカは期せずして宮崎駿監督的ヒロインを誕生させてしまったのです。

よって、“滅びの言葉”バルスをバズーとシータが唱えることでムスカは負けるのではなく、
自殺行為とも言うべき、シータの髪を短くしてしまうことによって彼は負けるのです。
ここでも、人は宮崎駿的ヒロインの誕生を感動的なまでに、目の当たりにするのです。

ここで詳しい方には、「千と千尋の神隠し」の千尋は髪が長いじゃないか！
と言われるかと思いますが、確かにその通り。
千尋は全編を通して、ポニーテールとして髪を結んでいるものの、髪が長いのは事実です。

ただし、「千と千尋の神隠し」で作画監督を担当した安藤雅司さんは、
“普通の少女”を描くことを目指し、あえて千尋を“可愛くしない”と提案して、
宮崎駿監督からも承諾されたと言われています。

ということは、「千と千尋の神隠し」は、あえて主人公を宮崎駿的ヒロインで描かなかった
例外中の例外として存在しています。
故に、千尋は髪が長く、そして劇中でも、その髪の長さに変化が見られなかったのです。

それでは、宮崎駿監督の最新作であり、現時点で最後の作品と目されている
「風立ちぬ」の里見菜穂子に関してはどうでしょうか？

菜穂子に関しても、宮崎駿的ヒロインに相応しく髪がショート・ヘアーの少女として登場しています。
しかし、実は菜穂子は、シータやソフィーと逆の方向へ向かいます。

つまり、髪が短くなるのではなく、髪が長くなるのです。それも突然に。
ご覧になった方は覚えているかもしれませんが、髪の長くなる瞬間があります。それも不自然に。

それは、二郎と菜穂子の結婚式のシーンです。

次郎の上司・黒川に結婚式の相談を持ちかけて、恐らく次の日に慎ましい結婚式を挙げるシーン。
前日までは髪の短かった菜穂子が、二郎のもとへと、
そして結婚式へと向かうシーンで突然髪が長くなっているのです。

通常、髪の長さが長くなる場合は、時間経過を表すはずですが、
ここでは髪が長くなるほど時間を置いていたとは思えません。

それでは、カツラでしょうか？そうとも思えない。
なぜなら、結婚式後も彼女の髪はずっと長いままなのです。
そう、この瞬間、菜穂子は宮崎駿的ヒロインではなくなった瞬間なのです。

それでは、髪の長くなってしまった少女の運命はどうなっていくのでしょうか？
それは、ぜひ本編を見てご確認ください。

そして、私もまた髪の長くなる瞬間をもう一度、DVDで確認したいと思います。

シネマ・コンシェルジュ 上村 敬





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