代官山 蔦屋書店 オフィシャルブログ
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【第17回】間室道子の本棚 『ある男』平野啓一郎/文藝春秋

2018年11月1日17:03

 ~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。

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『ある男』
平野啓一郎/文藝春秋
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前作『マチネの終わりに』のときもそうだったが、興味深いイントロがついている。
いきなりお話に入るのではなく、自分はこれこれこういう人物を知っていて、これからその人の物語になっていきますよ、と第三者的な誰かが語っているのである。登場人物たちと、距離を取っているよう。でもこの手法によって、読者が冷静に、主人公たちとラストまで一緒に歩いていけるのでは、と思った。

イントロのあと待っているのは衝撃的なストーリーだ。
夫が死んでわかったのは、彼がまったくの別人だった、ということ――。最愛の人を亡くした悲しみが、混乱、疑い、不気味さに変わってしまった妻から依頼を受けた弁護士・城戸は、死者を追うことになる。この男はなにものだったのか。

死んだ男と、その妻、そして男を追ううちどうしようもなく変容していく城戸の人生がメインストリームになっているが、流れにぶつかってくる人物にとんでもない人がいるのが、平野さんおなじみの魅力だ。

平野作品には、たまに「変態的に悪い人」が出てくる。人はたいてい、理由があって悪くなる。つまり、金がほしいとかいい女をものにしたいとか地位を手に入れたいとかうらみをはらしたいとか、自分がグレードアップするために悪いことをするものである。しかし平野作品に出てくるのは、「目的はあんまりなくて、ただただ相手を弄ぶために悪い」=ど変態である。

今回、久しぶりに「出た!」なのだが、この人物がいちばん印象深かったりする。また、『マチネ』に続き、ズルい女が登場する。

ど変態は「なんだか一人で楽しそうでよかったね」とある意味牧歌的なのだが、『マチネ』にしろ本書にしろ、平野さんの描くズルい女はほんとうに許せない。

でも、「許すまじ」は「忘れまじ」でもある。わたしは今でもあの女たちのことを、主人公たち以上に考えてしまう。あんな方法しかなかったのか、なんといううしろめたさを背負って生きていくのか、心安らぐことはあるのか・・・。虚構である人物が、現実の読み手の人生に伴走する。これぞ小説の真骨頂ではないか。

『ある男』のラストまで読んでからまたイントロに戻ると、「他人の傷を生きることで、自分自身を保っているんです」というある人物のせりふが、すごく沁みる。

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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子

【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。


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