~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『ピクニック・アット・ハンギングロック』
ジョーン・リンジー/創元推理文庫
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一九〇〇年、オーストラリアのメルボルン郊外にある一流寄宿女学院の生徒十九名と、女性教師二人(若くてきれいなフランス語の先生と、お堅い数学の先生)、そして御者の男が、馬車でハンギング・ロックと呼ばれる山のふもとにあるピクニック場に行った。そこで少女四人と数学教師が行方不明になる。
いなくなったのは、もっと近くで山を見たいと出かけた子たちだった。みんなに好かれている金髪の娘、学力優秀な生徒、大金持ちの令嬢、そしてこの三人にくっついて行った下級生。
早い段階で、なんというか、この子はいらないと山に拒否されたみたいな感じで、一人が見つかる。半狂乱の彼女はなにも覚えていないと言うが、同じ日にピクニック場からいつのまにか消えた数学の先生を山で見た、と後日警察に話す。先生はその時、とても変な恰好をしていた。
お話はやがて、消えた四人を目撃した青年の話になる。彼は山に呼ばれたように事件にのめり込み、自力で少女たちを探そうとする。とくに一目見た時から忘れられない娘を。
学園側でも変化が起き始める。学校の評判を気にする女性校長、ピクニック参加を許されず学校に残っていた少女の異変、うんざりやいらだち募らせる教師、そんな中、もう一人・・・。
最大の魅力はハンギングロックの描写とその中で輝く少女の内面だと思う。美貌、お金持ち、学力。学園や町にいたなら意識的にしろ無意識にしろ少女たちの武器になったこれらは何の役にも立たないんだなあ、と読者をも呆然とさせる圧倒的存在として、岩山は物語にたちあらわれる。ナレーション的な文章に「途方もなく雄大な自然の造形物と相対した時、人間の目は、悲しくなるほど用をなさなくなる」とあり、四組の目がハンギングロックをまじまじと見つめていたが、水平な岩棚に、星のように咲き乱れる白い花に、オウムの赤い羽根に、気づいたろうか、と書かれている。
多くを見落としたかもしれない。だが読者を揺さぶるのは彼女たちの内側のたぎりだ。ある少女はもっと見て、山の真実に迫りたいという欲求を抱いている。別な子は名状しがたい歓喜に包まれる。とつぜん皆を幸せにしたいという思いがこみ上げ、胸が苦しくなる者もいる。少女たちは山と呼応するほど得体の知れないエネルギーをため込んでいるのだ。
井上里さんの訳者あとがき、金原瑞人先生の解説を読むと、本書の誕生、出版、映画化には奇妙なできごと、偶然がいくつもあり、その後も作者の死後出たバージョンや、「これは実話か?」について、ファンの間で論争があることが紹介されている。
ハンギングロックは実在する山だ。この場所には忌まわしい伝説があったとか行った全員が不幸になったならわかりやすいが、そうではないので、この話をどう受け止めたらいいのかわからないまま読者は宙づりになる。まさに「物語にハンギングされる感じ」が、読み味。
いなくなったのは、もっと近くで山を見たいと出かけた子たちだった。みんなに好かれている金髪の娘、学力優秀な生徒、大金持ちの令嬢、そしてこの三人にくっついて行った下級生。
早い段階で、なんというか、この子はいらないと山に拒否されたみたいな感じで、一人が見つかる。半狂乱の彼女はなにも覚えていないと言うが、同じ日にピクニック場からいつのまにか消えた数学の先生を山で見た、と後日警察に話す。先生はその時、とても変な恰好をしていた。
お話はやがて、消えた四人を目撃した青年の話になる。彼は山に呼ばれたように事件にのめり込み、自力で少女たちを探そうとする。とくに一目見た時から忘れられない娘を。
学園側でも変化が起き始める。学校の評判を気にする女性校長、ピクニック参加を許されず学校に残っていた少女の異変、うんざりやいらだち募らせる教師、そんな中、もう一人・・・。
最大の魅力はハンギングロックの描写とその中で輝く少女の内面だと思う。美貌、お金持ち、学力。学園や町にいたなら意識的にしろ無意識にしろ少女たちの武器になったこれらは何の役にも立たないんだなあ、と読者をも呆然とさせる圧倒的存在として、岩山は物語にたちあらわれる。ナレーション的な文章に「途方もなく雄大な自然の造形物と相対した時、人間の目は、悲しくなるほど用をなさなくなる」とあり、四組の目がハンギングロックをまじまじと見つめていたが、水平な岩棚に、星のように咲き乱れる白い花に、オウムの赤い羽根に、気づいたろうか、と書かれている。
多くを見落としたかもしれない。だが読者を揺さぶるのは彼女たちの内側のたぎりだ。ある少女はもっと見て、山の真実に迫りたいという欲求を抱いている。別な子は名状しがたい歓喜に包まれる。とつぜん皆を幸せにしたいという思いがこみ上げ、胸が苦しくなる者もいる。少女たちは山と呼応するほど得体の知れないエネルギーをため込んでいるのだ。
井上里さんの訳者あとがき、金原瑞人先生の解説を読むと、本書の誕生、出版、映画化には奇妙なできごと、偶然がいくつもあり、その後も作者の死後出たバージョンや、「これは実話か?」について、ファンの間で論争があることが紹介されている。
ハンギングロックは実在する山だ。この場所には忌まわしい伝説があったとか行った全員が不幸になったならわかりやすいが、そうではないので、この話をどう受け止めたらいいのかわからないまま読者は宙づりになる。まさに「物語にハンギングされる感じ」が、読み味。
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。
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