代官山 蔦屋書店 オフィシャルブログ
コンシェルジュ自ら仕入れた商品、企画したイベントなどを紹介します。

【第32回】間室道子の本棚 『カッコーの歌』 フランシス・ハーディング/東京創元社

2019年2月12日14:35

 ~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。

* * * * * * * *

『カッコーの歌』 
フランシス・ハーディング/東京創元社
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
* * * * * * * *

まず登場するのは溺れた子供だ。目をさました彼女に、母、父、そして医者らしい声が呼びかけている。

村はずれの水地に落ちた時のことは覚えていないが、彼女は自分の名前がテレサ、ふだんはトリスと呼ばれていること、11歳であること、王様の名前(「ジョージ五世」という答えや戦死した兄がのちに出てくることから、第一次世界大戦終了後の英国が舞台とわかる)、今は旅先にいること、ふだんの家の住所などを言い、大人たちは安心する。その時少女は、部屋のドアの外にいる小さな女の子の怒りに満ちた目に気づく。

妹のペニー。9歳。一家の問題児。かんしゃく持ちで、物は盗む、投げる、叫ぶ。家出の常習犯。いつもわたしを心の底から憎んでいる子。水死しかけた姉に対し、妹は今まで言ったことのないタイプの因縁を付け、両親にめちゃくちゃオコられる。でも以来ことあるごとに、謎の暴言を浴びせてくる。

そして回復に向かう姉に異変が起きている。止まらない食欲(夜中に庭のリンゴの木から実を食べつくす、1食で家の食糧庫の半分をおなかに詰め込む、さらにある日信じられないものを…!)、思い出せはするが記憶がいつもぼんやりしていること、そして溺れた日から頭の中で笑い声とともに「あと七日」「五日だよ」とカウントダウンが聞こえる。

物語はこのあと「え、これで話を続けますか!?」という非常に変わったものが主人公になって進んでいく。主人公には「嘘」や「偽」の負い目と破滅の恐怖が絶えずつきまとう。でも、「不幸な良い子が信じられない力を秘めていて活躍する」ではなく、歪んでいるけどこうするしかなかった状況に追い込まれた子供たちに、なんとかして救いの手を差し伸べる、それもまたファンタジーなのだな、と読んでいて非常に励まされたり心動かされたりした。

そしてなんといってもジャズ、映画館、仕立て屋の上客だけが通される部屋、オートバイのサイドカーなど、当時の子供たちが背伸びしなければ届かなかったものたちの魅力が郷愁をもって伝わってくる。

この本の存在じたいが奇跡みたいと思える、魔法と奇跡の物語。超おススメ。

* * * * * * * *



代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子

【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。

0 件のコメント:

コメントを投稿